"これはもう本当に何度言っても言い足りないくらいなんだけど、落ち込んだりしちゃってる時はまずは体調的な原因を疑うのがいい。腹減ってるとか飲み過ぎと
か。原因がわかったら、チョコでも食べながら好きな音楽聴いたりクスッと笑える何かを観たりして嵐が過ぎ去るのを安全な場所で待っていればいい。"

@fta7’s (F太) most faved tweets (via raitu)
2011-02-13 (via gkojax-text

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うんうん。

(via psty)

これ本当だよ。気分はいがいと肝臓とか胃の調子によったりする。

(via akirakuroda)

(via appbank)

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あえて遠回りな問いを立てることで、より近い回答を得るやりかたについて。

たとえば「素人が3分間で朝青龍に勝てるやりかたを教えてください」なんて、格闘家の人にインタビューを行ったところで、たぶんたいした返事はもらえない。

それはそもそもが無理な問いだから、「無理」だとか「逃げろ」なんて返事ならまだいいほうで、「死んだ気で戦え」だとか、「素人でも余裕です」だとか、どうせ冗談にしか聞こえない、こんな問いには、いいかげんな答えしか返ってこない。

ところが「もしもあなたの息子さんが、今から3分後に朝青龍と戦わなくてはならなくなったら、あなたは3分間で何を伝えますか?」という質問を、いろんな格闘家に答えてもらったら、もう少し面白い返事がもらえるのだと思う。

「もしも」の状況に陥った息子さんに対して、たとえば格闘家としての自分のありかたを説く人もいるだろうし、とことん逃げるやりかた、「勝ち」というものの意味を教える人もいるかもしれない。あるいはそれでも、「戦うこと」にこだわって、拳の握りかただとか、有効な蹴りかたみたいな、3分という、ごくごく限られた時間であってもあえて伝えたい何かを、教えようとするかもしれない。あえて「もしも」を挟むことで、問題と、回答者との距離は遠のくけれど、思考の幅は広がって、役に立つ答えをもらえる可能性は、かえって高まるような気がする。

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「もしも」の運用 (via usaginobike, yellowblog) (via miso0nok) (via chihanos) (via shima-ken) (via fujihajime) (via hepton-rk) (via tra249) (via exposition) (via hkdmz) (via kazcorp) (via hsmt) (via appbank) (via snamn) (via asianplastic) (via gosuke) (via yaruo)

あなたの子供に、って本質を引き出すキーワードだよなあと思う。「あなたはどう思いますか?」だとポーズが出がちだけど

(via kossetu) (via mmqqbb) (via tiga) (via bo-rude) (via petapeta) (via yoshinani) (via wideangle) (via matakimika)

2011-06-25

(via quote-over100notes-jp) (via mcsgsym)
"「この世には、金を積んでも手に入らないものがあるんだ」は、「それは別に金を無くしたら手に入るわけでもないだろ」で終わる。それは「金にもできないことがある」であって「金のデメリット」ではないのだけど、デメリットであるかのように言う。詭弁。"
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それでも疑り深い人は、「ハーバード大学の日本人留学生が、昔は20名もいたのに、今はたった1名」というデータを上げるのではないか。ワシントンポストがその出典だが、こちらは数字や論拠があいまいすぎる。
 
【1】まず、ハーバード大学への日本からの留学は、大学院が昔から圧倒的に多数であり、その人数は今でも100名を超えている。
【2】学部への入学は最盛期でも20名弱であり、現在3~4名と減少しているのは確かだが、1名という年はない。
【3】ハーバードは留学定員があり、そのため、韓国・中国・インドの留学生が激増した昨今は、日本人が割を食っている。
【4】 その玉突きか、昨今はイェール大学への日本人入学者が増え、今年は7名と過去最高となっている。

といった反証が挙げられている。このデータから言えば、「イェール大学への日本人留学生が過去最高!日本の若者は外向きだ」なんて記事だって書けてしまうのだ。

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"決断に時間をかければかけるほど、「やっぱりやめとくか」になる。
人間は迷う時間が長ければ長いほど、最終的に現状維持を選ぶようにできている。"
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最近、結構な高学歴で、さぞ勉強は出来るだろうに、メモが取れない子をときどき見かけるんですよね・・・。業務指示しますよね。メモ取りますよね。で、メモ取ってるしと、安心していると、全然違うことやってくるんですよ。

例えば、【会社名と代表社名をそれぞれgoogleで検索して、1ページずつプリントアウトしてください】というとても単純な内容なのに、会社名と代表社名を一緒に検索したうえ、3・4ページも検索結果をプリントアウトしてきたり。

私としては、『何故そうなる?』と、愕然とする訳です。

で、何をメモしたんだと言う事で、メモを見せてもらうと、必ず、全文メモじゃなくてキーワードメモなんですよ。100%。みんな別々の人物なんだけど、みんな共通して、キーワードメモなんです。本人の重要だと思ったキーワードだけ羅列してあって。

文章の正確な内容は、せいぜい2・3日程度ですぐ忘れちゃうじゃないですか?で、忘れるから、ちゃんと文章化して正確に記録しておけばいいのに、キーワードメモだけしてそのまま放置して、後でそれをみて、キーワードをつなげるニュアンスは、本人の脳内で勝手に(というか独自に)文章化しちゃうんです。で、結果全然違うことをする。

10回言っても10回同じような間違いをする。バカなの?*2と思うんですが、みんな高学歴なんですよね・・・。

これを聞いた先生いわく、「入ってきたばかりの弁護士が最初にやる仕事は、(ここらへん、正確な事忘れましたが確か)クライアントからヒアリングした内容を記述書に落とす仕事(というようなことをいってた気がする)なんですよね。で、たまに「そんな事言ってねーよ!」という内容のものを出してくる人はいますね。ここで、多少は(さっき言っていた)当たり・ハズレは、少し出てきますね・・・」と。

やっぱり、聞く力、言っている事を正確に聞き取り、言っている通りの内容で正確に理解し、その上で、言っている事からブレないように対応するというのは、学校のお勉強が出来ることというのと、また、違う能力が要求されているのかなぁ・・・と思ったりしました。

某法律事務所の弁護士のような優秀であろう人でさえ、そんなのがたまにいるというのだから、絶望した!

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これはかつて浪人時代、予備校の先生がおっしゃっていたことをプレゼンに当てはめているだけなのですが、プレゼンで聴衆の方に満足してもらうには

・聴衆がすでに知っていること50%
・言われれば「聞いたことがあるな」思い出すこと30%
・初めて聞く話20%

というバランスで話すのが経験的にもいいと思っています。

「慣れない人はどうしても「知らない話」ばかりをしたくなる」

私自身もそうでしたし、こうした気持ちになるのは当然です。なぜなら、事前に聴衆の人たちが何を知っているか、わからないからです。

登壇して前で喋る以上、「みんなが100%知っていることだけを2時間喋りまくるのだけは、避けたい」と思うものです。なるべくみんなの知らないこと、なるべく聞いたこともない話、なるべく新情報を話したい。さすればみんな感心してくれるであろうし、役にも立つであろう、と、こう考えます。

しかし、実際に聞く側になってみると、知りもしないことばかりを2時間聞かされるのは、とても苦痛です。だいたい30分以後は、上の空で頷くだけになっています。聞く側にもプライドの問題があるため、講演者の話をさえぎって「もっと私たちの知っている話をしてください」などとは言えません。

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 最近、私が見たそんな「謎」は「右の頬を打たれたら左の頬をも向けなさい “But whoever strikes you on your right cheek, turn to him the other also.”」という言葉です。新約聖書マタイ伝の中に書かれているイエス・キリストの言葉です。この言葉を聞いた人が書いた、「あれ?ふつう右利きの人がほとんどですよね?だとしたら、右の手で相手をぶつんだから、(頬をぶたれる側の人からすれば)左の頬を打たれることになるんじゃないですか?最初に、右の頬を打たれたらってヘンじゃないですか?」という疑問を眺めたのです。…確かに、不思議です。世の中の90%くらいの人が右利きだということを考えると、ぶたれる頬は「左頬」が自然です。相手から「右頬」を打たれる、というのは何だか不自然です…?

 そこで、Wikipedia の”Turn the other cheek”の項や、「右頬を…」という言葉を解説した文章を読んでみると、とても興味深い(もっとも支持されている)説を知りました。それは、この言葉で勝たれているのが、「右手の甲で相手の右頬を打つ」という状況だった、ということです。確かに、右手の甲で相手の顔を払うように打つのであれば、(頬をぶたれる側からすれば)右頬が打たれることになります。そして、古代のユダヤ世界では、「手の甲で相手の頬をたたく」ということは、非常に相手を侮辱する行為で、自分より「階級・地位」が下である者に対してのみ行うことが許されていた、というのです。また、当時は左手は「悪い」側の手とみなされていて、自分の主張などを行う際には使うことができませんでした。だから、「右手の甲で相手の頬を打つ」というのは、「自分より地位が下のものを、侮辱しつつ叱責する」という目的で「ごく自然に行われていた」行為であった、というわけです。なるほど、だとすると、「最初に、右の頬を打たれたらってヘンじゃないですか?」という疑問は氷解します。…だとすると、今度は次の疑問が湧いてきます。「さらに奥にある疑問」が浮かんでくるはずです。「右の頬を打たれたら左の頬をも向けなさい」という言葉は、一体どんなことを言おうとしてるのでしょうか?

 「左の頬を向けられ」たら、(右頬を打った)相手はどうするでしょう?左手は使えませんから、左の手の甲で「左頬」を打つことはできません。だとすると、右手の掌で相手の左頬を打つことになります。…しかし、(自分より相手の地位が下だとみなす行為である)手の甲で相手を打つのではなく、「掌で相手を打つ」ということは、相手を自分と対等だとみなすことです。つまり、「自分より身分が下」だと蔑んでいる相手を、「自分と同等の人間である」と認める行為になってしまうわけです。(頬を打った側の人は)大きなジレンマを抱えてしまうことになるのです。

 つまり、この言葉は、単なる「相手の暴力・差別に対して服従・無抵抗になれ」という意味ではなく、「暴力は使わず、根本の意味におけるより強い抵抗を示せ」という言葉であった、というわけです。旧約聖書の「目には目を」という「報復行為」と対比されることが多いために、私はこれまで単なる「無抵抗主義を示す言葉」だと思っていたわけです。しかし、実はそうではなかった…ということがとても面白く、興味深く感じたのです。

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musicalife:

otsune:

騙されたと思って、新規MMSで宛先を「 g@google.jp 」にして、メッセージ本文の欄に知りたい情報を入力して送信し… on Twitpic
騙されたと思って、新規MMSで宛先を「 g@google.jp 」にして、メッセージ本文の欄に知りたい情報を入力して送信してみろ。例えば、「東京 天気」とか。Google先生からすぐに返信くるから。

マジだった。

musicalife:

otsune:

騙されたと思って、新規MMSで宛先を「 g@google.jp 」にして、メッセージ本文の欄に知りたい情報を入力して送信し… on Twitpic

騙されたと思って、新規MMSで宛先を「 g@google.jp 」にして、メッセージ本文の欄に知りたい情報を入力して送信してみろ。例えば、「東京 天気」とか。Google先生からすぐに返信くるから。

マジだった。

(via tooola)

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ラムネ飲料の瓶に似せたパッケージの「原材料名」欄を見ると、ブドウ糖が筆頭に記されている。つまり、これこそがブドウ糖をダイレクトに含有している食品だった。(しかも砂糖は一切使用されていない)。

その日からラムネ菓子は私にとって必需品となった。コンビニのうち2軒に1軒には、上の「森永ラムネ」が常備されている。コンビニでの価格はだいたい一本80円弱と手頃。しかも、これが1日に1本あるだけで、大違い。

具体的にどのような効果と利点があるのかというと・・・。

  • 飲み過ぎた翌日に数粒食べるだけで、急に頭が冴え始める。

  • 睡魔や倦怠感に襲われているときにも、数粒食べると脳が活性化して意欲が湧いてくる。夜を徹して頭脳労働をしている人や、受験生にはぜひともお勧めしたい。

  • 筆者は空腹感に強い方なのだが、たまにものすごく腹が減ることもある。そんなときは、やはり数粒食べるだけで空腹感が一気に消える。

  • そして、酒飲みにとっての最強の秘策 ― 酒のつまみとしてラムネを1粒ずつちまちま食べるだけで悪酔い・二日酔いを防止できる。

    酒癖の悪い人には特にお勧めである。というのも酒を飲んで極端に機嫌が悪くなる人は、脳がかなりのブドウ糖不足に陥っているという研究結果を以前に読んだことがあるからだ。人間は脳に供給されるブドウ糖が不足すると理性的な判断ができなくなる。(アルコールの分解のためにブドウ糖が大量に消費される)。

  • 驚きの低カロリー ― 「森永ラムネ」1本あたり、100キロカロリーしかない。1日あたり1本だけでも上記のような効果が得られるのに、そのカロリーはわずか100キロカロリーである。

    「森永ラムネ」以外にも、袋詰めになったラムネが売られていて、その中には砂糖ゼロでブドウ糖をダイレクトに含有しているものがいくつかある。これらはおしなべて低カロリーである。

    たとえば「春日井ラムネ」も100グラムあたり換算で367キロカロリーしかない。
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"——————-私および友人知人の悩みの元になっている共通の人物像———————-

【 1. 圧倒的な自己評価の高さ 】

・基本的に自分の事が一番好きで、自分はとても優秀な人間だと思っている。
・自分の脳内では常に自分が一番でなければならないため、とにかく嫉妬深い。
・褒められるのが大好き。常に賞賛を受けたいと思っている。

・その人への批判は受け付けない、もしくは批判を受け入れられない。(自分は正しく、批判を言った相手が間違っているという結論に毎度至る。)
・ファッションやグルメやガジェットなど、自分の知っている店&行きつけの店&商品こそが最良であり、異論は認めない。
・とにかく自分が勝ちたい&上にいたいので、その場にいる人のお気に入り店や商品を、たいして知りもせずに無条件で格下にみる。

・その人の話は基本的に「自分と身内の自慢話」および「他人の悪口」が中心。
・自分以外の誰かが評価されていると、横槍を入れて自分もしくは身内の自慢話で張り合ってくる。
・自分自身の自慢話で勝てない時は「自分の周囲にいるすごい友達」の話を引き合いに出してまでその場の相手と張り合う。そしてなぜか同等に自分が優秀な人物であるかのように振る舞う。

・同じように自分が一番だと思っている人が複数いると、一番の存在を巡ってつじつまが合わなくなるので、面倒なことになる。"
"口喧嘩は「なんで?」「なんで?」と言っていれば必ず勝てる。

だから「なんで?」しか聞かないひとは喧嘩を売っているものとみておおむね間違いない。"
(引用元、サービス終了につき消失) (via thinkeroid)

(Source: feecle.jp, via appbank)

"社会での役割を自覚できない人がフリーランスになっても、ただの下請けでしかない"
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■自称研究家(自称専門家)

 世の中には、これほど迷惑で、かつ社会に害のある人たちはいません。
 歴史学、民俗学、社会学、心理学、経済学、地震学、環境学、生物学、等々。幅広い分野に存在します。さすがに自称数学研究家や物理学研究家は聞きませんけど……。
 こういう自称研究家がネットに大量にページを作ってくれるおかげで、ネット上での資料探しに苦労させられることが多々あります(ええっ、この項目は、その恨み節ですよ:自嘲)。逆にこれだけネット上に自称研究家が多いと、自分の理論に都合の良い理論、ないし同じ結論の研究も見付かります。それらが相互リンクし合って、自分たちの理論を証明しないまま思い込みだけを強化する例も見受けられます。
 
 とはいえ、自称でも研究家を名乗るだけに、驚くほど深く資料を集めてる人もいます。海外の資料にも当たり、精力的に翻訳までしてる人もいます。こういう玄人はだしの人たちの知識は侮れません。こういう人から貴重な資料が出てくるからこそ、ネット上で資料探しもバカにできません。
 それでも内容を理解しながら読み進めていくと、どこかで論理が怪しくなる人がいます。まるで最初に決めた結論へ導くように、論理展開に都合の良いように解釈や計算をいじる人です。ちょっとでも科学を勉強した人なら有り得ないと思うような計算式が出てきたり、持論に都合の良い仮説や効果を持ち出して、それを証明済みのこととして展開する人がいます。もちろん、仮説はあくまで仮説であり、効果は証明されたものではなく、ただ現象を示しただけのものです。
 
 そこで他人からその間違いを指摘された場合、自称研究家の人はどんな反応をするでしょう。不思議と指摘をはぐらかしたり、見当違いな回答を始めたり、相手の質問を無知の世迷い言として無視したり、だいたい共通の反応を起こします。結果として他人から間違いを指摘されても間違いを認めない行動ですね。傍観してる私自身が門外漢の知識不足のために間違いに気付いてなくても、そういう部分から自称研究家の主張がおかしいと気付かされることもあります。
 本当の研究家であれば、指摘された間違いを正して、ないし本当に間違ってるのかを調べて、どんどん研究の質を高めていくと思うのですが……。
 
 ところが面白いことに自称研究家の人たちは表向きの口調や文体が紳士的な人が多いので、逆に間違いを指摘してる人の方が無知に思えることがあります。流すように議論などを読み進めてると……。
 自分が研究家であるという自負と、それを裏付けるたくさんの知識が、自称研究家の人を「金持ちケンカせず」の心境に至らせ、その余裕から紳士的な振る舞いをさせるのでしょうか。面白いというか、意外というか……。
 ただ自分の論理がおかしくなっていることに気付かないのは、自分の頭で考えてないから……でしょうかねぇ。研究の目的が、知識欲よりもタダの受け売りの延長であるような……。
 
 それと自称歴史研究家のように、持論に都合の良いように歴史を捏造してしまう論外な人もいますねぇ。(嘆息)
追記
 自称研究家の中には、教科書の記述を鵜呑みにする人がいます。
 でも、教科書の記述が正しいという保証はありません。ウソだらけとは言いませんが、教科書が国家や学派のプロパガンダとして使われていることは良く知られていると思います。
 大学の教科書でも例外ではありません。というか、最新の学説ほど学閥の差が大きいものです。
 ですが、自称研究家の中には「アメリカの△△大で使われている教科書に載っている」という論理で自己正当化する人が目立つよう感じるので、ここに追記しておきます。

"
" 「礼儀正しい」ということは、つまり「油断しない」ということなんだね。

 対面している相手が、一体どんな相手なのか、何を考えているのか、まったく分からない、自分にいかなる敵意や思惑をもっているのか分からないという認識、油断しないという態度が、礼儀正しい姿勢に出るんだ。

 僕も時々、仕事で不作法な人に会う。挨拶をしないとか、とても高飛車な態度をとるとか。でも、僕はそういう人にたいしては、ある種の安心をしてしまう。というのは、そういう人というのは、結局たいしたことがないんだね。不作法な態度をとるというのは、相手を見くびっているということだ。

 見くびるというのは、失礼である以前に、認識が甘い、ゆるい、ということなんだな。"

福田 和也『岐路に立つ君へ 価値ある人生のために』小学館 2002 (via mawhata, kojiroby-quote) (via usaginobike) (via hk2mrhu) (via fukumatsu) (via a2onaka) (via nonono613) (via nyapo) (via anyu) (via muhuhu) (via kkj114) (via katsuma) (via deli-hell-me) (via uowou) (via netinago99) (via em1) (via usaginobike) (via handa) (via cliqueclogs) (via shantihtown) (via ryuuya) (via cr96) (via hotmailtumblr) (via s-hsmt) (via lllkml) (via petapeta) (via rosarosa)

2011-03-03

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